何がなんでも人生万歳/子供たちの子供たちへ

アクセスカウンタ

zoom RSS 思い出の中の男たち(続き)

<<   作成日時 : 2009/04/28 21:34  

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

私はもと徳山の駅長だったMさんと私の祖父との間で
Mさんの息子さんとの結婚の約束をしていたらしいのです。

妹はそれを知っていたのに写真までもらったのにそれに
気付かない私でした。そしてその息子さんが東京の大学
へ行くからとお別れにきたので父が私を呼んで、
「Yちゃん、豊ちゃんがきているから食堂で待ってるよ」
と下の店から声がしたのですが、私はかくれて返事も
しなかったのです。

2階にいたくせに本当にバカな私でした。豊ちゃんとは
小さい時から遊んでいたのに大きくなってなんとなく
はずかしさがあったのか、礼儀もなかったのでした。

それから戦争が激しくなり、生きているのか死んでいるのか
さえわからないままです。今は時々思い出すだけです。

戦争中、母の兄弟たちは皆外地に行ってしまいました。
母の里に行っても女の子が一人いるだけで母も淋しかった
ことでしょう。



にほんブログ村 シニア日記ブログ 自分史・自伝へ
にほんブログ村





月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
思い出の中の男たち(続き) 何がなんでも人生万歳/子供たちの子供たちへ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる