思い出の中の男たち(続き)

私はもと徳山の駅長だったMさんと私の祖父との間で Mさんの息子さんとの結婚の約束をしていたらしいのです。 妹はそれを知っていたのに写真までもらったのにそれに 気付かない私でした。そしてその息子さんが東京の大学 へ行くからとお別れにきたので父が私を呼んで、 「Yちゃん、豊ちゃんがきているから食堂で待ってるよ」 と下の店から…
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思い出の中の男たち

あまい香りがただようれんげ畑の中で女学校(徳山)を卒業した私は 一人で手足をのばしながら青い高い空をじーっとみていた。 一番好きだったおばあちゃんとおぢいちゃん(祖父)の顔がうかんでくる。 いつも旅行につれていってくれたおぢいちゃん。私は「おじっちゃん」と 呼んでいた。いつも人形のように次々と綺麗な服を着せられて、 「お人…
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仲よし老夫婦の店

路地に一軒のお好み焼き屋があった。 そこの主人は体格の良いおぢいさんで なかなかハンサムであった。 また、そこのおくさんがやさしい顔で 本当にうらやましい。 その店では小さな鉄板で四人前焼かれる。 当時一枚五銭であった。 ある日子どもと三人で作ってもらった。 小さくてもメリケン粉がしっかりしていて 竹輪をうまくきっ…
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兵隊と振袖

窓の外は雪がチラチラと舞っていた。 私はいつしか若い日の忘れられない一日を 思い出していた。 あの日もこんな寒い日であった。 父が徳山の下御弓町の町内会長をしていたころ、 母は婦人会の会長をしていた。 そうした関係で山口の四十三連隊へ慰問する話があり 母とお隣(キリンビールの社長さん宅)の奥さんが 前日に下見に行き、…
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路地裏

彼女は暗い夜道をスズメ三匹を箱に入れて歩いていた。 しかも九ヶ月のお腹をかかえて路地を歩く。 町に出て焼き鳥屋の裏口に立って  「ゴメン下さい」と小さな声。 「今日はスズメがとれなくてたった三羽ですみませんね」 「まぁ、それだけでもよくきんさったね」とママが言ってくれた。 一羽五十銭の一円五十銭をポケットに入れる気もしなくて…
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思いつき

主人のかいた油絵(山水)をふろしきに包んで 大きなホテルの前の裏口に立っていた。 はずかしいが生活のためだと心をはげまして 「ゴメンくださいませ、私この市内に住んでいる ものですが、この油絵を応接間にでも飾って 戴ければとお持ちしました」と、そこのご主人に 話したが「すみませんね。絵より食料がたりなくて お米かお菓子の方が…
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学芸会

3学期の終わりになると学芸会が始まる。 N君ととなりのユキちゃんはいつも同じように出してもらっていた。 大きな紙に絵をかいて物語をつくって読んでいく。 上手だった。 三橋道也の古城の時は袴(はかま)を作って刀をさして ユキちゃんとNと後ろの子と十人くらいが踊ったが 上手だったのをお母さんは忘れていないよ。 Mくんが…
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紙芝居

カチカチカチ カチカチカチ 自転車をついて小さいのぼりを立てて来ると 「紙芝居のおじさんが来たー」と子供たちが 自転車の後をついて行く。 それから二銭を持ちお寺の階段で紙芝居が始まるのを待つ。 「飴を買った人は前の方にしゃがんでおくれ」と言いながら おじさんは一人づつ二本の木の棒の先に飴を丸めてわたす。 子供たちはその…
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魚や

毎朝三時ごろからガラガラと木箱の車を押して女の人たちが船着き場に出かけて行く。 自分たちの夫や息子、娘や嫁たちが捕った魚を車に仕分けして入れるためである。 そして海岸にづらりと並んで「魚いりゃんへんか、朝あげのピンピンやでー」と買い物の客たちに声をかける。 この長々とならんだおばさんやおばあさんたちのかけ声が尾道らしい雰囲気で…
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