兵隊と振袖

窓の外は雪がチラチラと舞っていた。
私はいつしか若い日の忘れられない一日を
思い出していた。

あの日もこんな寒い日であった。
父が徳山の下御弓町の町内会長をしていたころ、
母は婦人会の会長をしていた。
そうした関係で山口の四十三連隊へ慰問する話があり
母とお隣(キリンビールの社長さん宅)の奥さんが
前日に下見に行き、慰問の許可を得出演者を決めて
行くことになった。総勢四十七人である。
皆良い家の娘さんや先生連中であり
振袖姿であった。

私は父が詩吟をして剣舞を、それから
三味線も習っていたので越後獅子を弾いた。
そして総勢三十人が三味線を弾きそれがよく合い
見事であったらしい。父母の誇らしげな顔が浮かんでくる。
花柳廣江先生も踊られ、初社葉の千枝子さんの妹さんが
愛馬行進曲を踊られた。
そして終わった時に隊長さんが大そう喜ばれて
振袖姿の乙女たちを見ることができたことを感謝された。
それから明日戦地に行くものは?と言われ
幾十人かが手を上げた。
私はその人たちの顔を見ることが出来ず、何とも例えようがない
悲しみがこみ上げて来た。泣くことも出来ないで窓を見ていたら
今日のように雪がチラチラと舞っていた。

そして廊下に出た時に若い兵隊さんが二人来られて
大きな兵隊饅頭をあげましょう・・とたくさん袂(たもと)に入れてくださった。
顔ははっきりと思い出せないが、生き生きとした声だけは残っていた。
あぁ、戦争のためこの若々しい命を捧げるのかと思ったら
泣き虫の私は目頭が熱くなるのを禁じえなかった。

悲しいような 楽しかったような青春のはるかな々夢のような一日よ・・
私がぼけないうちに書いた一こまである。
いつまでも忘れないでいたい一日であった。

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